ありたい姿のために事業を作る。それがmentoの根幹
—— そのコーチング体験が、そのままmentoの原点になっていきます。
スッキリした気持ちで「さぁ、何をしようかな」と思った時に、浮かんだのがコーチングのことでした。初対面の男性と30分間話しただけで、自分を止めていたものに気づいて前に進める。他人の力を借りながら、自分自身の意思決定として前へ進んでいく。コーチングという選択肢を持つことが健康的で、もっと当たり前になる社会ならいいのに──。
そんなふうに思うと、これが「やりたいこと」になる予感がしました。ビジネスが成り立つか否かよりも先に「理想のイメージ」が湧いてきたんです。ビジョンとアイデアが溢れてきて、「これを逃しちゃいけない」と直感しました。
ただ、実際にコーチングのビジネスを調べてみると、アメリカではそれなりの市場規模はあれど、日本では全然流行っていない。何人かに壁打ちしても止められました。それどころか、現役のコーチに相談しても渋い顔をされるくらい。
でも、理想のイメージから事業を作っていく方が自分は向いていると思えたし、「コーチングのためのマッチング」を手掛けてみることにしたんです。
—— 社名の「mento」は、どのように生まれたのですか?
サービス名を考えながら、自分が大事にしてきた価値観や、人生の大きな出来事を遡って書き出していたとき、「メメント・モリ」という言葉が自分の中に残っていることに気づきました。「死を想え」というラテン語です。
中学1年の夏に、父が突然亡くなったんです。本当に突然、いなくなった。そのとき強烈に感じたのが、それでも社会は意外と普通に回るんだ、ということでした。忌引きで遅れて新学期を迎えても、みんな授業を受けて部活をして楽しそうにしている。自分に起きたこととのギャップが大きすぎて、人ひとりの死が社会に与える影響の小ささを思い知ったんです。
—— その体験が、今の木村さんの根っこにある。
いつか死ぬ自分が、最後にどうあったら良かったと思えるのか。そういう問いが、言語化されないままずっとあったんだと思います。その原体験があるから、「明日死んでも悔いなきように」というのが自分の人生の指針だったんだということが言葉になってきた。
そこで、メメント・モリという言葉と、当時はコーチングよりも多くの人に馴染みがあった「メンター」という意味を重ねて「mento」と名付けました。
—— メメント・モリという死生観と、今のmentoの事業がつながっているのですね。
そう思います。不幸な出来事ではあったけれど、多感な時期に親が突然亡くなるという体験を通じて、「全てのことが当たり前ではないこと」と「自分の人生は自分の意思で選択すべきものである」と体験的に学ばせてもらいました。
でも、世の中にはそうではない人もたくさんいる。苦しい状況に追い込まれたり、後悔を抱えてしまったりしながら、悶々と働き続けている人が多い。mentoの事業を通じて、そういう状態を一人でも減らせることが、究極的には幸せな人を増やすことであり、社会を豊かにすることのはず。
やはり、「こういう社会にしたい」というありたい姿が先にあって、そこに向けて事業を作っている。その思考の順番が、mentoの根っこにあります。
mentoを始めてからは、事業に波はあれども、一点の曇りもなく自分自身がやってることに価値があると思えていて。それさえブレなければ、あとは全部手段の話なので、届け方や伸ばし方を変えていけばいいと思っています。