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死を想うから、前に進める —— 人生をかけて、日本に“熱”を取り戻すマネジメントインフラを作る理由
mento代表取締役 CEO 木村 憲仁 インタビュー

いつも死を想うから、前に進める

—— 人生をかけて、日本に“熱”を取り戻すマネジメントインフラを作る理由

「夢中をふつうにする」── mentoが掲げるビジョンの裏側には、代表・木村憲仁の個人的な記憶がある。中学1年生で突然訪れた父の死、1年かけた起業プランを白紙に、コーチングに救われた体験……やがて木村が見出したのは「ありたい社会」の姿が先にあり、事業はそこへ向かう手段であること。その思考の順番が、今も変わらずmentoの根幹にある。mentoが作る未来へ揺るぎない確信を持ち、今、マネジメントインフラを作る理由を聞いた。

mento代表取締役 CEO 木村 憲仁 インタビュー

心の底からワクワクする方向へ、
クラフトしていく生き方を

心の底からワクワクする方向へ、クラフトしていく生き方を

—— 起業を志したのはいつ頃のことですか。

大学時代に遡ります。3年間、大学祭の実行委員会にほとんどの時間を注ぎ、3年生で委員長もやらせてもらって。冬頃にようやく「終わったな」と一息ついていたら、周りは髪を切ってリクルートスーツに身を包んで就職活動を始めていたんです。

ただ、そんな周囲にすこし興醒めした気持ちも正直ありました。「みんな、切り替えが早くないか?」と。それと同時に、自分がその流れに乗ろうとした瞬間に、このまま世の中の仕組みに飲み込まれていくことへの反発心も沸いてきました。

‍—— 「就活のレール」への違和感ですね。

人気企業ランキングを上から順番に受けていくような決め方ではなく、もっと自分が心の底からワクワクする方向へ自分を置いてみたい。そう思って、親と交渉しながらモラトリアムの時間をもらいました。1年間休学し、インターネット系のスタートアップいくつかでインターンをするようになり、テクノロジーが世の中を変えるインパクトにワクワクしていましたね。

その頃、大学の先輩から紹介してもらった方から大きく影響も受けました。その人は大学卒業後に何のツテもなく渡米し、自作の「駐車場マップ」を売るようなところから仕事をつなげていき、ついにGoogleロゴ(※祝日や記念日に合わせた「Google Doodle」)のデザイナーになった。その姿や生き方は、シンプルにかっこよく映りました。

出来上がった組織に入り、決められた仕組みの中で何かを模索するよりは、その人のようにどうにか「クラフトしていく感覚」みたいなものに憧れることもわかりました。

—— それでもすぐには起業せず、卒業後はリクルートに入社されていますね。

一方で、冷静に自分を見ている目線もあって。実は学生時代に1年ほど起業してみたのですが、自分にできることの限界もわかった。痛感したのは「ビジョンと仲間が大事」ということ。それでも、湧き出るビジョンがあるわけでも、起業できる仲間がいるわけでもない。「これには修行が必要だ」と考えて、基礎体力を上げるためにもリクルートを選びました。

リクルートでは中古車情報サイト「カーセンサー」のプロダクト担当として、思いついたことを提案すれば「いいね、やってみなよ」と言ってもらえる環境で、振り返ればやりたい放題やらせてもらいました(笑)。「カーセンサー」のサイトリニューアル、CM制作、商品開発など多様な経験を積みました。

その時に考えていたのは、出来合いのビジネスの変革すら作れなかったら、ビジネスをゼロから立ち上げるなんて無理だということ。サラリーマンとしての仕事と、その先のキャリアとしてやりたいことを、意識的に繋げていました。成果の出し方も、積み上げ型というよりは、インパクトのあるホームランを常に狙っていましたね。

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「木村さん、本当は何がしたいんですか?」
と問われて戸惑った

「木村さん、本当は何がしたいんですか?」と問われて戸惑った

—— リクルートでの修業を経て、いよいよ独立。どのようなビジネスを手掛けましたか?

カーセンサーの担当として中古車領域にどっぷり浸かっていたことと、アメリカでも中古車系のスタートアップが出てきていた時期で、自分もこの領域に挑むのは面白いんじゃないかと。アイデアも出てきますし、仮説検証も進めていた。でも、どこかで本気になれていない感覚がずっとありました。

—— どういう感覚ですか。

後ろめたいというか……「これではないかも」という気持ちが拭えなくて。自分が本当にやりたいと思えているなら、気分も乗って考えられ、手が動いて、仲間も誘うはず。でも、パワーが出ない。1年ほど準備を続けるうちに、どんどん元気もなくなって不安が募るようになってしまったんです。そんな時に勧められたのがコーチングでした。

—— まさにコーチングとの出会いです。どんな体験でしたか?

最初は正直、半信半疑で(笑)。勧めてくれたのは経営者の先輩でしたが、コーチの紹介ではなかったから、自分で検索して探してみたんです。でも、出てくるページを見ても、内容は抽象的でわかりにくく、「明るい未来」の話だけされる感じがして。でも、困っている状況を打開する可能性があるなら試してみようと、何人かのコーチに会ってみました。

3人目に会った方が、僕に大きな転換をもたらしてくれました。呼ばれた目黒の貸会議室に居たのは「小柄なおじさま」。30分のセッションは簡単なヒアリングから始まり、残り10分くらいでコーチのスイッチが急に入ったんです。それまでの穏やかな雰囲気から一変して、間を置いてから「木村さん、本当は何がしたいんですかね?」とズバンと聞かれました。

—— その問いに、どう応えましたか。

5分くらい黙り込んでしまいました。この問いはコーチへ答えるものではなく、自分に問われているんだと直感的にわかった。やりたいことはすぐには出てこないけれど、少なくとも今、自分が本当に何かしたいと願って動いている状態ではないことがわかりました。中古車ビジネスを心からやりたいと思えていない。それだけはわかる、と。

セッションの終わりにコーチから宿題を出されました。「意外と身近な人がよく知っていると思うから、奥さんに今日話したことを相談してみてください」。帰る頃には、もう自分の心が完全に動き始めていて。

やりたくないことをやってもうまくいかない。気づいたら、思っていたことに蓋をして前に進んでいた。この蓋を取ってあげたらいいんだ、と思って。準備していたビジネスをやめると決断しながら帰って、妻に話したら「ツラそうだし、そうすればいいのにって思ってた」と返されました。

関わってくれていた一人ひとりに「自分の変化」と計画を白紙に戻すことを謝罪して回ると、誰もが「そんな気がしていたよ」と納得してくれました。コーチが言うように、確かに身近な周りからはよく見えていたんだな、と。いかに自分が自分のことをわかっていなかったかを痛感した瞬間でした。

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ありたい姿のために事業を作る。それがmentoの根幹

—— そのコーチング体験が、そのままmentoの原点になっていきます。

スッキリした気持ちで「さぁ、何をしようかな」と思った時に、浮かんだのがコーチングのことでした。初対面の男性と30分間話しただけで、自分を止めていたものに気づいて前に進める。他人の力を借りながら、自分自身の意思決定として前へ進んでいく。コーチングという選択肢を持つことが健康的で、もっと当たり前になる社会ならいいのに──。

そんなふうに思うと、これが「やりたいこと」になる予感がしました。ビジネスが成り立つか否かよりも先に「理想のイメージ」が湧いてきたんです。ビジョンとアイデアが溢れてきて、「これを逃しちゃいけない」と直感しました。

ただ、実際にコーチングのビジネスを調べてみると、アメリカではそれなりの市場規模はあれど、日本では全然流行っていない。何人かに壁打ちしても止められました。それどころか、現役のコーチに相談しても渋い顔をされるくらい。

でも、理想のイメージから事業を作っていく方が自分は向いていると思えたし、「コーチングのためのマッチング」を手掛けてみることにしたんです。

‍—— 社名の「mento」は、どのように生まれたのですか?

サービス名を考えながら、自分が大事にしてきた価値観や、人生の大きな出来事を遡って書き出していたとき、「メメント・モリ」という言葉が自分の中に残っていることに気づきました。「死を想え」というラテン語です。

中学1年の夏に、父が突然亡くなったんです。本当に突然、いなくなった。そのとき強烈に感じたのが、それでも社会は意外と普通に回るんだ、ということでした。忌引きで遅れて新学期を迎えても、みんな授業を受けて部活をして楽しそうにしている。自分に起きたこととのギャップが大きすぎて、人ひとりの死が社会に与える影響の小ささを思い知ったんです。

‍—— その体験が、今の木村さんの根っこにある。

いつか死ぬ自分が、最後にどうあったら良かったと思えるのか。そういう問いが、言語化されないままずっとあったんだと思います。その原体験があるから、「明日死んでも悔いなきように」というのが自分の人生の指針だったんだということが言葉になってきた。

そこで、メメント・モリという言葉と、当時はコーチングよりも多くの人に馴染みがあった「メンター」という意味を重ねて「mento」と名付けました。

—— メメント・モリという死生観と、今のmentoの事業がつながっているのですね。

そう思います。不幸な出来事ではあったけれど、多感な時期に親が突然亡くなるという体験を通じて、「全てのことが当たり前ではないこと」と「自分の人生は自分の意思で選択すべきものである」と体験的に学ばせてもらいました。

でも、世の中にはそうではない人もたくさんいる。苦しい状況に追い込まれたり、後悔を抱えてしまったりしながら、悶々と働き続けている人が多い。mentoの事業を通じて、そういう状態を一人でも減らせることが、究極的には幸せな人を増やすことであり、社会を豊かにすることのはず。

やはり、「こういう社会にしたい」というありたい姿が先にあって、そこに向けて事業を作っている。その思考の順番が、mentoの根っこにあります。

mentoを始めてからは、事業に波はあれども、一点の曇りもなく自分自身がやってることに価値があると思えていて。それさえブレなければ、あとは全部手段の話なので、届け方や伸ばし方を変えていけばいいと思っています。

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コーチングを超えた、インフラが必要だ

—— mentoのビジネスは最初はパーソナルコーチングから始まり、法人向けへと転換していきます。その背景を教えてください。

個人の方へ届けることから始めましたが、コーチング自体の認知がほぼゼロに近い時代でした。意図的に市場を成長させようとすると、途端に広告費がかさんでユニットエコノミクスが合わなくなる。一方で、toB側のニーズを感じてもいました。転機はメルカリ社から管理職のコーチングについてお問い合わせをいただいたこと。まずは会社という箱を通じて体験してもらえれば価値は伝わっていくはずだ、と考えるようになりました。

ただ、2019年末にtoBビジネスへ力を入れようと決めた直後に、コロナ禍に突入してしまって。2020年は生き残るのに必死でした。

‍—— その後、どうやって事業を成長させていきましたか。

誰が顧客なのかを見極めること。数ヶ月まったく売れない時期が続いたタイミングで、大手の商社や広告代理店から「半年前にお聞きしたサービスを検討したい」という連絡が届いたんです。そこで気づきました。大企業の中間管理職へのコーチングニーズは明確にある、けれど検討サイクルが長く、見込み顧客と出会うまでに時間がかかる事業なんだと。

そこで明確に、エンタープライズ企業の管理職支援をセンターピンに据えました。パナソニック、JT(日本たばこ産業)、伊藤忠商事、電通といった大企業に導入いただき、年を追うごとに大きな期待をいただけるようになりました。

そうやって法人向け事業が順調に成長し、mentoを通じて1万人以上との対話を積み重ねることで、また新しい気付きも得たんです。

—— どんなことですか?

コーチングで大きく変化される方はたくさんいる。でも、本人だけが変わっても、チーム全体が変わらないと組織の熱量は変わらない。1対1の支援だけでは、本当の意味で世の中を変えるところまで辿り着けない。管理職の皆さんの葛藤や熱い想いを聞くなかで、マネジメントを支える「インフラが必要だ」という使命感に変わっていきました。

HRのソリューションは世の中にたくさんあります。でも、マネージャーを横から支えるプロダクトがない。研修という形で個人に努力を委ねるものばかりで、管理職の方々は「罰ゲーム化」と言われるほど重い負荷を抱えている。その人たちを支えながらチーム全体を底上げできる仕組みが必要だったんです。それが、シリーズBで大きな資金調達をして、プロダクトカンパニーへと転換した本質的な理由です。

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mentoの持つ「深さ」は真似できない

‍—— そこから大きく舵を切り、1年で「マネジメントAI」をリリースし、顧客にも使ってもらい価値が出はじめています。なぜmentoがマネジメント向けのいいプロダクトを作れたのでしょうか?

一つは、圧倒的な顧客解像度があるからです。エンタープライズの中間管理職に絞って、彼らの本音を聞き続けてきました。何に困っていて、どんな悩みがあるかを知っていたので、自信を持って仮説検証を推進できました。

次に、これまでコーチングの提供を通じて、お客様との信頼関係があること。mentoがやるサービスならばいいものだろうと信頼してもらえて、世の中にないプロダクトも受け入れてもらえました。

あとは、素晴らしいチームができたことも大きいです。この1年で人数は倍になり、プロダクト、ビジネス、コーポレート含めて頼もしい人たちが集まってくれた。その力が、短期間での飛躍を可能にした原動力ですね。

—— これからマネジメント領域のインフラになる上で、mentoの強みを教えてください。

マネジメントという領域に課題設定をして、テクノロジーで解決しようとしている企業は、まだ圧倒的に少ない。研修事業者はたくさんいるけれど、あまりにも本質的かつ根深い問題だから、これまでタッチされてこなかった。自分たちがやってきたビジネスから着想を得た、このアングル自体が一番の強みだと思っています。

次に、プロダクトと人の両輪を融合させられること。マネジメントは結局、人が人を動かすものです。最後は人間が関わらなければいけないシーンが必ずある。テクノロジーで支える部分と、コーチングという人の力で大きく動かす部分、この両輪を当たり前のように融合させられるのが、mentoにしかないケイパビリティだと思っています。

それから、保有するデータの「深さ」が違う。HRデータを持っている企業はたくさんありますが、僕らが持っているのは人の意思決定の源泉に近い「本音のデータ」です。HR領域はこれまで「従業員IDの取り合い」と言われてきましたが、僕らが戦っているのは「広さ」ではなく「深さ」の市場。

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ポジティブな熱を、取り戻しにいく

‍—— 現在の木村さんがmentoを経営し続ける原動力は何ですか。

「もったいない精神」が強いんだと思います。本来は魅力があるのに届いていない、ポテンシャルがあるのに発揮されていない、そういう状態がとにかく嫌です。

日本の経済規模は未だ世界4位で、海外から来た人に「日本は最高だね」と思われるほど豊かなカルチャーも持っている。なのに、ずっと自虐的で自嘲気味な空気がある。「失われた30年」と共に生きた僕の人生を振り返っても暗いニュースばかりでした。

でも、本来持っている力を引き出せば、もっとポジティブなインパクトを社会に出せるはずだ、という思いが根っこにあります。特に管理職の方々って、みなさん必死に働いているし、真剣なんです。組織の結節点にいるからこそ、その人たちが元気になることで、結果的により多くの人を元気にできる。日本の熱量をあげるためにも、管理職を支えていくことが使命だと思っています。

—— mento10年後、どんな存在になっていてほしいですか。

「mentoがなかった時の働き方が思い出せない」と言われるくらい、当たり前のインフラになっていることですね。

僕はメメント・モリを指針に生きているので、自分がいつまでもこの会社を引っ張り続けられるわけじゃないことも知っています。だからこそ、自分がいなくなっても絶えないような、顧客にとって本当になくてはならない会社にしたい。朝の通勤電車で「今日はこれを成し遂げたい」と目を輝かせて誰かが語っている。そんな景色を、熱力高く、本気で作りにいきます。

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